2010年07月26日

沖縄の海人写真家・古谷千佳子さん 「文化をつなげていけば、新しい芽が何かを始める」

海人(うみんちゅ)写真家・古谷千佳子さんの作品は、モノクロがよく似合う。

写真の中のオジィたちは、サバニと呼ばれる小型木造漁船で海に漕ぎ出し、風と潮を読み、海深く潜って魚を捕るという昔からの漁法を続けてきた海人たちだ。

しかし現在、その後継者が減ってきている。
モノクロが似合うと感じる理由は、彼女の作品が、失われていくものの重要な記録になってしまうという、寂しい予感をはらんでいるからだろうか。


「5年くらい前、すごく焦っていた時期がありました。
オジィたちがもういなくなっちゃう! って思って、天気が良ければ海に飛び出しては撮っていました」



今回、古谷さんに会ったのは那覇のカフェ。
テーブルに広げた写真集を見ながら、「このオジィも最近、陸にあがっちゃってね…」と古谷さんは言う。笑顔の中に、寂しさがよぎる。


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海の底にいるグルクンの群れを追い込み棒で追いあげて網で捕る「アギヤ漁」


写真家になる数年前、古谷さんは海人として漁業に従事していた。
出身は東京だが、15歳のときの家族旅行で沖縄の海に出会って以来、ダイビングを通して海人との交流を重ねながら、沖縄移住を目論んでいた。

大学で美術(油絵)を学び、2年間のOL生活を経て、「勘当同然で」海人になるべく沖縄に飛んだ。住む家も決まっていなかったが、宜野座に空き家を見つけ、持ち主のオバァに「草刈りするから住まわして〜」と頼み込んだ。

そして、モリでタコを捕る名人のオジィに弟子入りを志願する。
しかし、東京から突然やってきた若い娘がそう簡単に受け入れてもらえるはずがない。
まずは若手を説得し、モズクの収穫を手伝ったりして距離を縮めていった。


「あるとき、『あのオジィと一緒に泳ぎたい』と頼んで、近くでおろしてもらったんです。
でもすぐにオジィの船に乗せてもらえるわけがないので、2時間くらいオジィの横をぴったり泳いでいたら、『あがりなさい』と乗せてくれたんです。
海人は言葉よりも行動で示さないといけない」



タコ捕り名人のオジィの船に乗ったことで、他の海人たちも彼女を認めてくれた。
それから3年間、沖縄の海をたっぷりと全身に吸収した彼女は、東京に戻りスタジオに就職、写真を本格的に学んだ後、ふたたび沖縄に移住したのだ。


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タコの住み家を泳いで回り、モリで突いて捕る「タクマーイ」と呼ばれる漁法


なぜ彼女は沖縄に導かれたのだろう? 
「ご縁があった」と古谷さんは言うけれど、必然的な理由があったのだと思う。

彼女をつき動かしている源は、小学生の頃に抱いた直感だ。


「海も山も植物も動物もみんな地球の細胞であって、皮膚一枚に自分は閉じ込められているだけ。『私』が『あなた』に入らなかったのはなんでだろう?」


人は自然から離れて生きることはできない、そして他者との関わりなしに生きることはできない。そのことを頭で考えるよりも先に、身体で吸収し学べるところ、それが彼女にとっては沖縄の海だった。

ひたすら海と海人を吸収して12年、海とそこに生きる人々は刻々と変わっていく。


「もちろん、海人の伝統がなくなってほしくはないですが、変わっていくことはしょうがないことで、受け入れなきゃいけないとも思います。
でも寂しい寂しいと言っているだけじゃなくて、次につなげていくことが表現者としての私の使命なんじゃないかって。
それによって新しい芽が生まれて、何か始めると思うから」



一昨年に男の子を出産した。
撮影現場に連れていくと、海辺のオジィやオバァが可愛がってくれる。

「素晴らしい教育になるじゃないですか」と水を向けると、「魚より、操船方法とか船の構造に興味があるみたいで、ずっとエンジンを見ているんですよ」と苦笑する。
優しい母親の目になった。

子どもを授かったことは、彼女の表現にも変化をもたらした。


「ホルモンバランスが変わると自分の感覚も変わるらしいんですよ。
今まで興味がなかったピンクやパステルの服がかわいいと思えるようになったり。
今はもっと内面的なものの表現を目指していて、『色』がもっと出てくるんじゃないかと思います。写真って自分がそのまま出るものなんですよね」



これからどんな色の沖縄を、古谷さんは見せてくれるのだろう。
やりたいことを熱く語る彼女の顔は、まるで純粋な少女のようだ。
こんなに素敵な写真家と、いつか大きな仕事をしたいと思う。

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7月初旬、那覇市内の公園にて

ふるや・ちかこ 
東京生まれ。沖縄在住。海辺の暮らしや自然崇拝を主に撮影。東京、沖縄ほか各地で写真展やトークショーなどの活動を展開している。TBS『情熱大陸』などTV・ラジオ番組にも多数出演。2008年に写真集『たからのうみの、たからもの』(河出書房新社)出版。最新刊は脳科学者・森岡周氏との共著『脳を学ぶA』(協同医書出版社)。8月8日に放送予定のテレビ東京『ソロモン流』に出演。

海人 写真家 古谷千佳子公式HP



脳を学ぶ 2

脳を学ぶ 2

  • 作者: 森岡 周
  • 出版社/メーカー: 協同医書出版社
  • 発売日: 2010/04/28
  • メディア: 大型本




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2010年07月08日

本場ドイツでも認められた、 嶋崎洋平さんのソーセージ

まだ梅雨も明けないのに、もう真夏みたいに寝苦しくジメっとした日々……。
そうなるとビールが美味いことこの上なく、酒量がいつの間にか倍になってしまったタカハシです。

今回紹介するのは、ビールにぴったりの定番おつまみ「ソーセージ」。

2008年にドイツで開催された国際食肉産業見本市「IFFA」の腸詰部門で、日本人としては初の世界ランキング3位を獲得したハム・ソーセージ職人の嶋崎洋平さん(33)に話を伺いました。


本場で認められたソーセージってどんな味なのか? 
あー、考えただけでもタマらん!!

というわけで、期待に胸を膨らませ、ビール片手に(!?)嶋崎さんが工場長を務める手作りハム&ソーセージのお店「厚木ハム」に向かった。

「厚木ハム」は嶋崎さんの父親が養豚業とは別に経営する加工肉専門店だ。
嶋崎さんがハムやソーセージを作りはじめたのは、さかのぼることおよそ10年前。
先代の職人が退職することになり、父親から「機械のオン、オフだけも覚えてこい」と言われたことがきっかけだった。

そして、わずか一週間で教えてもらったのは、機械の使い方や簡単なレシピのみ……。
不安だったのでは?

「突然、高波に襲われたみたいなものですよ。
不安はあったけど、考えてる暇もなかった(笑)」


それから2、3年は独学でハムやソーセージと格闘する毎日。
そんなとき、現在でも「師匠」と仰ぐ職人の斉藤重信さんに出会い、本格的に加工肉の知識を吸収していくことになる。幾度となく斉藤師匠のもとに通いつめ試行錯誤を繰り返し、ソーセージ作りにのめりこんでいった。

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昨年から仕込み中の生ハムを見せてくれた嶋崎さん。
完成するまで約2年ほどかかるという。

05年、「力だめしだ」と思い、ソーセージの本場ドイツで開催される食肉加工品の国際コンテスト「SUFFA」に自身の加工品を出品。そこでいきなり金賞を6つ獲得。
まぐれじゃないことを証明しようと翌年にも同大会に出品、金賞を同数獲得した。
「ただし、05年と06年は師匠をはじめ周囲からの助言があった上での結果」と嶋崎さんは謙遜する。

そして07年、今度は「自分だけの力で」と臨んだのはドイツ・フランクフルトで行なわれた「IFFA」だ。審査方法は「SUFFA」と同じものの、3年に一度しか開催されないことから“加工肉のオリンピック”とも称される。
嶋崎さんは、そうした権威ある大会で前述の快挙を成し遂げたのだ。

「厚木ハム」の店内にはところ狭しと賞状やトロフィーが並ぶ。
しかし、嶋崎さんは「メダルを取ることが目的ではない」と言う。

「自分が愛情を注いで作ったソーセージが本場ではどう評価されるのか。純粋にそれを知りたかった」

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店内にはハム、ソーセージ、精肉などがズラリ。
秋にいよいよ解禁される生ハムが奥にブラさがっている。

それでは、大会でも金賞を獲得したソーセージを待望の実食!
 
店内のショーケースにズラーっと並ぶソーセージの中から、まずはフランクフルトの名物ソーセージという「フランクフルター」をチョイス!
口先に近づけるだけで桜のチップの燻製香が鼻先に漂う。
パクつくと皮の「パリッ」、いや「バリッ」という音がして食べ応えがある。中はキメの細かい舌触りとともに豚肉の旨みがしっかりと味わえてサイコー。
脂っこさはなく、女性にもお勧めの一品。

次はサラミの一種でもある白いソーセージ「メットヴルスト」。
メットは香辛料を入れるの意、ヴルストはソーセージを指す。
ドイツ・ソーセージの基本的な作り方でこちらはもっとシンプルな味わい。
豚のバラ肉を使っていることもあってかなりジューシー。肉汁が口いっぱいに広がる?! 
香辛料はコショウのみというのが豚肉本来の味をしっかりと引き立て、ビールとの相性もバツグンだ。

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「フランクフルター」(左)と「メットヴルスト」(右)。
どちらもIFFAで金賞ゲットした商品だ! うめー

あっという間に嶋崎さんのソーセージに撃沈されたタカハシはここでふと考えた。
「嶋崎さんの強さとは何なのか?」と。

ソーセージが絶品だったのはもちろんだが、彼はまだ33歳という若さ、職人としての経験値はまだ浅いはず。
世界のツワモノたちを相手に高評価を勝ち取り、力を発揮できたのには何かワケが!? 
その理由を嶋崎さん自身はこう答える。

「父親が養豚業をやっていることもあって、豚小屋のなかで死産した子豚や成長していく子豚など、動物の生き死にを小さな頃から直に見てきました。
ボクは加工肉に関わりながらも肉をモノではなく、生き物としてみているんです。
ドイツ人の審査員が話していたらしいですが、見た目や味や香り、技術うんぬんは大事な要素だけれど、作っている職人さんの愛情が伝わってくればそれは加味されると。それ以外に理由が見当たらないんです」


生き物への感謝の心を忘れることなく、嶋崎さんの挑戦は続く。

「コンテストに関していえば、新商品である生ハムやサラミなどの質を高めて、ドイツでどういった評価をされるかが楽しみですね」

今年の秋、「厚木ハム」は場所を移転させる。
新店舗のオープンの際、昨年から仕込み中という生ハムがはじめて消費者に供される予定だ。今から楽しみで仕方がない。


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厚木ハム
〒243-0025 神奈川県厚木市上落合227-1
046-228-1186
10:00〜18:00/月曜定休(※祝日は月曜でなければ営業)
厚木ハム ホームページ


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2010年06月27日

異色の演劇ユニット「ポツドール」の看板役者米村亮太朗が語る、 フェイクとリアルの狭間

万年床が四枚並んだ部屋には、吸殻があふれ出た灰皿や、発泡酒の空き缶などが散乱している。
ここに若い男女が7人いて、ある男はテレビゲームに没頭し、ある女は暇を潰す術も知らぬかのように、ただ横たわって腋の下を掻いたりしている。

米村亮太朗が帰ってきた。
くわえ煙草に安っぽい原色フレームのサングラスをかけている。
部屋に転がっていたエロ本を手にした彼は、緩慢な動きで服を脱ぎ捨て全裸になると、傍らの女の頭を掴み自分の性器を咥えさせる。
果てぬうちに気が散ったか、ゲームをしていた男の首をロープで締め上げ、コントローラを強奪する。しかしそれすらすぐに飽きて、後ろで女の股に顔をうずめる男の肛門にライターの火をつけ、笑いころげる。


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ポツドール「夢の城」舞台写真 撮影 曳野若菜

ひとつ屋根の下で、堕落した若い男女の無意味な暴力と気怠いセックスが延々とつづき終わる、ただそれだけの、ひとつも台詞がない芝居。

僕のポツドール初体験は、この異色の無言劇「夢の城」だった。
“ダメな人間の動く標本”を見せられている気がした。

金を払って劇場に来るのは、ある程度文学的な素養を持った“マトモ”な人たちだろう。
観客は、隣家の秘密をのぞき見しているかのように、ひそひそ笑いを漏らしていた。
僕も同じように笑っていたが、もやもやとした不快感が残った。
この不快感は何なんだろう。

米村亮太朗は言う。

「こんな自堕落なギャルとギャル男たちをみてなぜ笑うのか。それはどこかしらお客さんが自分に共通するものを見出すからだと思う。自分もこんな奴らと変わらない人間なんじゃないかって」

米村にそう言われて、不快感の理由がわかった。
マトモな人間である(と、人から思われていたい)僕は、「夢の城」の若者たちとは別の人種である、と上から目線で思っていた。
しかし一方で、欲望むき出しで生きている彼らをうらやましいと感じたことも否定できない。
こんな「夢の城」があるなら行ってみたい。ここで、はたと気付いた。
あ、僕も彼らと同じ欲望渦巻く人間だ、と。
不快感を持ったのは、そのことを自分自身に認めたくなかったからかもしれない。

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ポツドールは、早稲田大学演劇倶楽部を母体に1996年に結成された演劇ユニット。
2000年、台本ナシで俳優がプライベートな感情を持ち出しアドリブで演じる“セミドキュメント”という実験的手法で演劇界に衝撃を与えた。
その後、岸田國士戯曲賞を受賞したり、下北沢の本多劇場を連日満員にするなど躍進。
フェイクたる芝居の中で、人間の奥深くにある業をリアルに表現することを追求している。

「あくまでも芝居していない状態で板に立っている。ただの芝居では、お客さんは距離を感じる。でもこれは作り物ではなくて今この場でほんとうに起こっている出来事なんだと錯覚させれば、その瞬間お客さんは観客じゃなく目撃者になる」

開演から幕引きまで、観客は“何か途方もないことが起こるのではないか”という期待をもって観ている。

「ポツドールは変わったことをやっていると言われる。でも、僕らは自分たちの生活の延長線上にあることをやっているだけ。たとえばドラマみたいな美男美女のかっこいい恋愛なんて、それこそ日常では特殊なケースでしょう。恋愛って本当はもっとドロドロしていて滑稽さや悲しさに溢れているもの。醜い部分も含めて、トータルでちゃんと見せるのが表現者としての誠意なんじゃないかと思う」

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ポツドール「人間♥失格」舞台写真 撮影 曳野若菜


ポツドールは7月、初の海外公演を行う。ドイツの演劇祭に招聘されたのだ。
演じるのは前出の「夢の城」だ。初の海外公演でこの問題作を持ち込むなんて驚いた。
もう少し無難な作品は考えなかったのか。

ポツドールを主宰する脚本・演出家の三浦大輔は言う。

「以前から何度か声がかかっていたけど、求められていたのは他の作品だった。外国語の字幕が出るのはどうなんだろうと断っていた。この無言劇だったら言葉の壁がないし、ダイレクトに伝わるはず」

正直、ドイツの観客の反応はまったく予想できないが、成功を収めて凱旋帰国してもらいたい。
そして、日本で「夢の城」の再演予定はないとのことだが、もう一度あのもやもやとした不快感を味わいたい。

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米村亮太朗(よねむら・りょうたろう)
1977年生まれ、熊本県出身。
早稲田大学在学中の2000年、劇団ポツドール公演「騎士(ナイト)」クラブに参加。以後、全作品に出演する、ポツドールの看板役者。
客演も精力的に行っており、PARCOプロデュース「裏切りの街」(作・演出:三浦大輔)、「ドリアングレイの肖像」(原作:オスカー・ワイルド、構成・演出: 鈴木勝秀)等に出演。
また映像分野でも、映画「銀色の雨」(監督:鈴井貴之)、ドラマ「猿ロック」(YTV)等、多数出演。
三浦大輔初監督作品「ボーイズ・オン・ザ・ラン」(原作:花沢健吾、主演:峯田和伸)や前述の舞台「裏切りの街」でも、三浦の世界観を体現する役者として、脇を固めている。

三浦大輔(みうら・だいすけ)
1975年生まれ、北海道出身。脚本家・演出家。劇団ポツドール主宰。
1996年に劇団ポツドールを結成。ポツドール第13回公演「愛の渦」で第50回岸田國士戯曲賞を受賞。2010年5月、PARCOプロデュース公演「裏切りの街」で作・演出をつとめた。初監督映画「ボーイズ・オン・ザ・ラン」(原作:花沢健吾、主演:峯田和伸)も2010年1月に公開されるなど、舞台に映像に、今後の活動が期待されている。

ポツドール(ぽつどーる)
1996年、演劇サークル「早稲田大学演劇倶楽部」を母体として、10期生の三浦大輔を中心に結成された演劇ユニット。2010年7月にTHEATER DER WELT2010(ドイツ)にて、「夢の城」を上演予定。
劇団ポツドール 公式サイト

M★A★S★H(所属事務所)

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