2011年04月01日

元『ジャズ批評』編集長・音楽ライターの原田和典さんに聞く、ジャズの聴き方

10年くらい前からジャズってハマると面白そうだなぁとは思っていた。けれども、約100年の歴史があるだけに、ジャンルも細分化されているし、理論なんてものもある。何だかややこしそう、という「ジャズの壁」を感じていた。なんとなくBGMとして軽〜く聴くままで生涯を終えるような気がしていた。

ところが、『kotoba』でお世話になっている原田和典さんが、実は雑誌『ジャズ批評』の元編集長で、『世界最高のジャズ』(光文社新書)など、著書も多数だしていることを知った。この機会にジャズ開眼させてもらおうと、早速お話を聞きに行った。


元編集長なのに「いやいや〜、とんでもないですよ」と、絶対に偉ぶることのない原田さん。(本当にいつもご無理を言ってすみません)
謙遜は、真にジャズの何たるかを知っているからこそ。その発言に私は衝撃を受けた。

 「ジャズはエンターテインメントだと思うんですよ。ジャズは芸術だと言う人もいま
 すが、僕にとって芸術もエンターテインメントの一種。自分の表現で他人の心を動か
 すことはすべて、映画も文学も芸術もエンターテインメントだと僕は思っています」

ジャズという音楽を芸術かクラシックのようなハイカルチャーに近いもののように考えていた自分に気づく。

さらに、「クラシックもただ昔に出来たから古典と呼ばれているだけで、当時からするとポップスですよ」と言う。

原田さん01.jpg


もしかすると、幼い頃から当たり前のように音楽を聴いていたから出る言葉かもしれない。原田さんの父親が日劇ウエスタン・カーニバルや米軍キャンプで演奏したりもするミュージシャンだったため、家には沢山のレコードがあった。幼いころからジャズはもちろん、洋ロック、ポップスも空気を吸うように聴いて育った。そして19才の時に、たまたまジャズ喫茶で編集部に欠員が出たことを知り、『ジャズ批評』にアルバイトとして入社する。以後はジャズについて猛勉強し、30歳の時に編集長となった。

5年ほどで独立したのは、活躍する範囲やジャンルを狭めたくないからだ。最近では、原田さんが選曲したジャズのコンピレーションアルバムが3月に出たほか、5月には忌野清志郎関連イベントでの解説もやる。そして、いま「やっとAKB48の良さがわかってきた」と言う。横浜アリーナでのチケットも取り、ライブを見て、真偽を見極める準備もしていた。

すべての音楽を、熱狂できるかどうか、という物差しで聴く原田さんは言う。

 「演奏しているのは同じ人間ですから。海外から日本に来るまでの間に、格調高いイ
 メージがつけられたりしているかもしれないですが、ジャズはアメリカでは5ドル、
 10ドルでも楽しめるものです。子供もそれで踊ったりしてるんですから、難しいな
 んてことはまったくない。普通にご飯を食べたり、味噌汁飲んだりするように聴いて
 もらいたいです」

ベスト・ヒット100~ジャズ・ヴォーカル編 / オムニバス, アニタ・オデイ, ペギー・リー, カーメン・マクレエ, モーガナ・キング, ロレツ・アレキサンドリア, リタ・ライス, ビリー・エクスタイン, ジョニー・ハートマン, エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング, サラ・ヴォーン (CD - 2011) ベスト・ヒット100~ジャズ・スタンダード編 / チャーリー・パーカー, ウェス・モンゴメリー, セロニアス・モンク, ベニー・カーター, スタン・ゲッツ&ビル・エヴァンス, アーマッド・ジャマル, カイ・ウィンディング, ディジー・ガレスピー, カウント・ベイシー・オーケストラ, ジョニー・グリフィン (演奏) (CD - 2011)
原田さん選曲のCD。左から、コンピレーション『ベスト・ヒット100〜ジャズ・ヴォーカル編』、
『ベスト・ヒット100〜ジャズ・スタンダード編』(共にユニバーサルミュージック)



そんな原田さんが尊敬するジャズミュージシャンの一人がマイルス・デイビスだ。

 「マイルス・デイビスはマイケルジャクソンやシンディ・ローパーなどをすごく意識
 していていました。マイルスが60才の時、ジャズ奏者として地位が確立されている
 にもかかわらず、もっと売れたい、彼らくらいの大ヒットを出したい、子供たちにも
 自分の音楽で踊ってもらいたいというようなことを言っていたそうです。それってす
 ごく大切なことだと思います。その一言において僕はマイルスを尊敬しています」


かつてアマチュア・バンドを組み、今もステージに立っている夢を見ることがあるという原田さんは音楽家の自己満足や慢心というものに厳しい。

 「表現行為をやるひとが、分かるひとだけが分かってくれればいいんだ、と言うのは
 野暮だと思うんです。多くのひとに受け入れられる努力を、努力を感じさせずにシラッ
 とやってしまうのが、表現者として粋なんじゃないかと思うんです」


また、単に人に厳しいだけでなく自分にも厳しい。

 「ミュージシャンの友達はいない。いるとマズイじゃないですか。お勧めできないも
 のでも勧めてしまったりするかもしれない」「CDを聴いて、ライブに行って、イン
 タビューして、自分でお金だして現場に行く人が本当の評論家だと思うし、自分が評
 論家になってもそうありたい」


しかし、原田さんと話していて感じるのは厳しさではなく、すべての音楽をハートで聴く、熱いパッションなのだ。

 「ジャズを知らないで人生を終えるのは、もったいない。聞いてダメだったら仕方な
 いけれど、そうじゃないひとには、おせっかいかもしれないけれど、聞いてください
 と言って回りたいくらいです」


原田さん02.jpg

実はビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビィ』しかまともに聞いたことがないことを伝えると、「ビル・エヴァンスの他の作品にいくのもいいけれど、他のメンバーがいま何をやっているかを聞いてもらえると面白いと思います!」とジャズ鑑賞を広げる方法を教えてくださった。

 「そのアルバムでドラムをたたいているポール・モチアンは、今も現役。この3月で
 80才ですが、NYで誕生日ライブを3週間やります。3つのライブをかけもちして、
 命をかけてやる。しかも、彼は昔よりすごくなっていて、思うがままに叩いて、それ
 でいて素晴らしい演奏をする。<ドラムを60年やっているから身体の一部になって
 いて、目をつぶっていても叩けるのさ>と言うんです!」


ロックミュージシャンはその人となりが重要だったりするが、それはジャズも同じ。

 「ジャズはミュージシャンひとりひとりの個性を聞くもの。その個性が一番あらわれ
 るのが即興の部分です。とにかくいっぱい聞いてみて、気にいる語り口や音色のミュ
 ージシャンがいれば、そこからどんどん世界を広げてくれればいいと思います」


ジャズは近いところにあるのに、私のほうがジャズに距離を感じていたのかもしれない。そんなことを原田さんにお会いして思った。これを書いている間にも、ジャズは取っつきにくいと思っていた頃の感覚がよく思い出せなくなってきている。

うまくジャズ開眼できそうです♪ ありがとうございました♪


■原田和典「ブログ人」


★原田さんの活動をもっと知りたい方は以下のURLをクリック!
・「原田和典のジャズ徒然草」 
http://diskunion.net/jazz/ct/news/archive/6/1

・「原田和典のHOUSE OF JAZZ」
http://www.clinck.co.jp/merurido/_friends/00009/index.php

・「Bloggin' Blue Note Tokyo by 原田和典」
http://www.bluenote.co.jp/jp/movie/bnt/

・「忌野清志郎を極める!」5月1日(日)18:00〜 国立 NO TRUNKS


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2011年01月26日

最近、全力で走らなくなってきたという方へ・・・株式会社アプレッソ代表 小野和俊さんの夢中力

一年ほど前に、作物や動物を育成するゲーム「サンシャイン牧場」が話題になった。SNSであるmixi上で動作し、マイミク同士で畑に水をやったり、虫を入れていたずらしたりする行為が生産量のアップにつながる、ソーシャル・アプリケーションだ。「サン牧」から火がついたソーシャル・アプリ人気は現在もつづき、新作品がぞくぞくと登場している。ゲームは普段やらないが友人に誘われて始めてみた、という人も多いのではないだろうか。

実はわたくし、ふく子も一年ほど断続的に続けているアプリがある。それは株式会社AQインタラクティブが運営する「ブラウザ三国志」。名前の通り「三国志」の世界観の中で、プレイヤーは一城の主となり、他プレイヤーと同盟を組んで領土を拡大したり、城を攻略したりする戦略ゲームだ。mixiアプリとして飛び抜けた人気と課金率を誇り、プレイヤーとして、ニコニコ動画を運営する株式会社ドワンゴの社員のすさまじいのめり込みっぷりでもネット上で話題となった。代表取締役会長の川上量生氏を筆頭に社内で同盟メンバーをつのり、「つぎ込んだお金は数百万」を始め、「会議中にもプレイして周囲はドン引き」「ゲーム終了時に敵同盟も招待して大規模なオフ会を開催」など数々の話題を提供、そして伝説も残した。

いい大人、しかも会社の代表がゲームにそんなに夢中になるなんて・・・という声もあるかもしれない。しかし、「ブラウザ三国志」を1年プレイした感覚でいうと、30才overの社会人の割合がかなり多い。そして、同盟盟主をやってゲームに深くコミットしている人は、会社経営者や店舗のオーナーといったリアルでも一国一城の主であることが珍しくないのだ。

法人向けソフトウェアを開発して売っている株式会社アプレッソの代表取締役と、ブラウザ三国志の盟主活動を兼任している小野和俊さん(34)もその中のひとりだ。ブラ三のプレイ日記を探していたときにたまたま小野さんのブログを発見したのだが、略歴によると、慶應SFCを卒業、24歳の時に株式会社アプレッソの代表取締役となったという。小野さんのブログのエントリである、戦争の興奮でナチュラルハイになったり、同盟員の落城に涙したりする日々を書きつづった「ブラウザ三国志17鯖 − プログラマー同盟の軌跡」は、笑いあり、涙ありの一大叙情詩だった。これ以上できないというくらい真剣にプレイしていたからこそ生まれる感動がそこにはあった。

「へ〜、コンピュータ関係の会社を経営してて、ゲームに入れあげてるって、典型的なオタ社長?」と斜に構えないでほしい。小野さんは、高校生の時に東京都の年間ランキングで1位になったこともあるくらい足も速いし、慶應では弁論部の部長をやっていて、しかもかなりカッコいいんだぞ。参ったか!(威張ってどうするふく子)。 IT業界のことやベンチャー企業での日々を主に書いている前述のブログも、その方面では絶大な人気と知名度があるし、「なんでもできる人」という印象だ。

しかし、廃人と呼んでいいくらいゲームをやっているのに、「悩みとかありますか?」と聞きたいくらいリアルも充実しているとは。一体どうやって・・・? その謎を探るため、小野さんにお話しを伺いに行った。


小野さん1.jpg
「あ、敵襲!」となんだか嬉しそうな小野和俊さん。画面はブラウザ三国志。


江戸川橋から徒歩すぐのところにある株式会社アプレッソの一室に、IT業界っぽいカジュアルな服装にノートパソコンを携えて小野さんはあらわれた。とても理路整然と、しかも感じ良く話す人だ。やっぱり何でもサクサクと要領良くこなしてしまうのかな・・・という第一印象だったが、話を聞くうちにちょっとずつ違うものへと変わっていくこととなったのである。

 「起業して新しいことをやる時は、前例もなく、役に立つかどうかわからないことに
 取り組むことになります。だから、ゲームのような無駄かもしれないものにものすご
 く没頭出来る人は、一般と比べて起業に向いているのではないでしょうか」


ゲームの世界とリアルとの繋がりについて尋ねると、こんな答えが返ってきた。

「ネトゲ廃人と呼ばれるほど、ゲームに没頭できる人は、実は新しいものをつくるひとつの資質を持っているのかも」、という小野さんもとことん熱中するタイプだった。

中学・高校と陸上競技をやっていた小野さんは、これ以上できないほど練習をしていた。まず朝は、自転車通学だった学校(ということは2キロ以上?)へ走っていく。それも通学鞄に6キロのダンベルを2つ入れて!そして、汗だくで席に着き、授業中は走行姿勢のイメージトレーニングをしつつ、睡眠も取って体力を回復。放課後はもちろん部活をして家に帰って寝る。そして朝起きて・・・という生活を2〜3年は送っていたという。
「片手に12キロの重りをつけて走っても、体が傾くのでタイムの向上に効果はなかったとは思いますが」と小野さんは苦笑していた。要領よく、ではなく凄まじい練習量によって、高校1年の時には東京都の年間ランキング入りするまでになったわけである。

しかし、元々はそんなに走るのも速くなかったという小野さんに成功体験を与えたであろう陸上競技は、挫折感も同時に与えたそうだ。

「脳みそも筋肉になるくらい練習しても、所詮は東京都の同学年の中での1位」。筋肉の付き方のような資質の面での限界を感じた小野さんは、大学では弁論部という場を選んだ。慶應大学の弁論部は、毎年100人ほどの新入部員が入るが、卒業時まで残るのはだいたい3名だという。新入部員の主張に「国会の答弁が100倍ひどくなった感じ」の野次や罵声が飛びまくり、たいていの人間は耐えられなくなるそうだ。なかには、体調を崩す部員も出るというから凄まじい。そこで部長を勤め上げたのだから、負けず嫌いでもあるし、これと決めたらとことんやるまで気がすまないのだろう。

卒業後はプログラミング言語のJAVAに関われることと、日本より5年進んでいるというシリコン・バレーに行けるという理由でサン・マイクロシステムズに入社した。1年半の会社員生活を経て、縁とタイミングもあり、株式会社アプレッソの代表取締役となった。日本では顧客に合わせてシステムをつくる業態が多いが、アプレッソは自社のソフトウェアを売っており、同種の製品を扱う会社の中では1位に近いところにいるという。「エンジニアにとって良い環境をつくる」ことと、「丁寧にものをつくる」を意識しているそうで、職人気質がうかがえる。

しかし、社会に出て2年弱の若者がいきなり社長になれるのかと思うが、それには理由があった。

 「社会人2年目といっても、プログラミングを始めて2年という訳ではありませんで
 した。小学生の時に、お金をかけずにゲームをやりたいという動機でプログラミング
 を始め、大学生の時にはインターネットが普及したこともあって、他のことに夢中に
 なっている間も、ゲームとプログラミングはずっとやっていましたから」


当初は小野さんを生まれたときから高スペックの人間だったのだろうと思っていたが、実は、後からどんどんいろんな機能を増やしていったということがわかった。好きになると、凄まじい集中力でやれることはとことんやり、どうにもならない限界が見えると違うモノに挑戦する。その繰り返しが、一見オールマイティーに見える現在の小野さんにつながったのだ。その中でも、もはやライフワークとなっているゲームとプログラミングは小野さんの中で一体になっているともいえる。

 「ゲームとの関わり方にしても、全力でやって、生産者になるところまで踏み込めた
 ら面白いと思います。ブラウザ三国志の中でも、プログラマー同盟をつくり、ゲーム
 に便利な拡張ツールをプログラミングしたりしていました。また、ブラウザ三国志で
 の同盟運営は、同盟員を書簡でリクルートしたり、モチベーションの維持に努めたり、
 有利な条件で停戦できるように外交したり、チャット会議を開いたり・・・とリアル
 の社会生活と似ていて、しかもなかなか体験しがたいようなことにまで対処しなけれ
 ばいけません。実際、ゲーム内で送る書簡はビジネスメールさながらです。ブラウザ
 三国志を始めて、会社をやっていて本当に良かったと思いました(笑)」


話の中で、スティーブ・ジョブズがカリグラフィー(装飾文字)の教育を受けていたことが、フォントのこだわりにつながり、後のアップルの躍進につながったという有名なエピソードもでてきた。

 「社会的にプラスになることにだけ全力で取り組む人と、役立つかどうかわからない
 けど、好きなこと・楽しいことに、それで人生を棒に振るかもしれないくらい、没頭
 できる人とはぜんぜん違うと思うんです」



小野さん2.jpg
「会社設立後、最初の2年間は1日も休まずに仕事をしていました」


小野さんにスーパーエンジニアの名をもたらしているものは、夢中力!
好きなことのみに発揮される凄まじい集中力だと思った。子供の頃は誰しも持っていたその力。「役に立つことにしか全力で取り組めなくなった人にはいいリハビリになると思います」というゲームで鍛えてみてはいかがだろうか。隙間時間でも十分できるブラウザ三国志がオススメだ。

私、ふく子も今回のインタビューで、陸上やゲームなどのやりこみエピソードを伺っているうちに「とにかくやってみよう!」という爽やかな気分になった。あまり何の役に立つのか考えすぎるとつまらなくなるし、何が役に立つかは後になってみないと分からないもの。

今年の抱負は「夢中力を育てる」でいきます!


★小野和俊のブログ


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2010年11月16日

「漢字から日本人も見えるよ」 漢字研究者・笹原宏之先生が教える日本の漢字のおもしろさ

11月1日に三省堂から発行された『当て字・当て読み漢字表現辞典』
これが本気(マジ)でおもしろいです。

さて、なんと読むかわかりますか?


 (1)三々二田八酢四  (2) 凸む
 (3)歩個片      (4)糸色文寸 
 

 (1)みみにたやすし(耳に容易し)。『万葉集』より

 (2)凹むじゃないです。ふくらむです。段々、お餅が膨らんでいる
    様子に見えてくるから不思議。『女性自身』2008年2月5日より

 (3)ぽこぺん。GLAYの曲「FRIED CHICKEN&BEER」より

 (4)ぜったい(絶対)。メールやWEBで使われる。



など、『万葉集』からネットスラングまで、約900ページにわたって約2万3千語の当て字表記が掲出されています。

そして、この辞書を編纂したのが漢字研究者の笹原宏之さん。
早稲田大学の社会科学総合学術院教授で、「幽霊文字」の研究でも有名な方です。


「幽霊文字」について少し説明しますと、例えばこの文字「妛」

見慣れない漢字ですが、手書き文字入力すると出てくるはずです。読みも典拠も使用例もわからないのに、存在だけはしている・・・。

そんな漢字を「幽霊文字」と呼び、なぜ紛れ込んでしまったのかの追究がかつて行われました。

その結果、「妛」は、果物の山女(あけび)が合体してできた「やまおんな.jpg」の誤字ということが判明したのです。「幽霊文字」は他にも100字近くあったのですが、笹原さんの尽力でほぼ成仏させる(典拠などを発見する)ことができました。

また、「幽霊文字」のみならず、専門の国字(日本独自の漢字)の研究でも第一人者と言われている笹原さんですが、ご本人はとても気さくで親しみやすい人柄なのです。ふく子が今回の取材で先生の研究室に行った時にも、淹れていただいたお茶をおかわりしつつ、なんだかくつろいでしまいました。しかも、お話もユーモアたっぷりでおもしろいのです!

笹原さん1.JPG
辞書が山積の早稲田大学内にある研究室にて


そんな笹原さんが、なぜ漢字の世界に興味を持ったのかをまず伺ってみたのですが、「単純に、小学5年生の時に兄の部屋で見つけた漢和辞典がおもしろかったから」だそうです。
そして、10万円以上する、諸橋轍次さんが編纂した全13巻の『大漢和辞典』を祖父母の支援を受けて購入し、小学生ながらに贅沢な漢字の世界に浸っていたとか。神童かと思いきや、その頃は勉強も特に好きなわけでもなく、野球や鉄道の好きな少年だったそうです。

しかし、あるとき、世界最大の『大漢和辞典』にも載っていない漢字があることに気付きます。
その字が「雨冠に鶴.jpg」。

「つる」と読むそうで、同じ小学校の児童の名字に出てくる、笹原さんにとってはごく日常的な漢字でした。「どうやら漢和辞典も、ある閉じた枠の中で完成されたひとつの世界に過ぎず、その外にリアルな漢字の世界が広がっているらしい」ことに気がつきます。

この体験や、「中国の漢字というのは3000年以上前にできたんです、と言われても古すぎて、ホントかな、どうしてそうと断言できるのだろうと思うことが多く、実感のわかないことがどんどん増えていく」こともあって、中国語学もおもしろいと思いつつも日本のリアルな漢字のほうに惹かれていったそうです。

方言のように、漢字にも地域差があることに気づき、旅行に行くたびにカメラを携えて、見慣れない文字のある看板を撮ったり、表札をチェックしてみたり。新聞・雑誌・TVはもちろんのこと、歌謡曲やマンガ、学生が使う独特の表現にも触れていくうちに、ある想いをいだくようになっていきます。

 「今は情報があふれているように見えるけど、100年後には今の日本人がどんな文字生活
 をしていたかはもう分からなくなります。忘れ去られていくリアルな文字生活をなにかの
 形にできないかな、と思ったんです。」




そこで創ったのが前出の『当て字・当て読み漢字表現辞典』

 当て字辞典書影.jpg 『当て字・当て読み漢字表現辞典』三省堂


例えば、「玉子」です。日常にすっかり浸透していますが、これも実は「タマゴ(卵)」の当て字と認識されがちなもの。説明には、生まれたての「タマゴ」は「卵」で、調味料が入ったり焼かれたりして調理が進むと「玉子」へ移行する傾向があると書かれてあります。なるほど! 無意識に使い分けていましたが、そう言われればそうです。「卵」のほうが生っぽいですよね。

また、最近の例で、中高生がケータイメールやプリクラなどで大人気を「因囚気」と書くなんていうのも載っています。国構えを飾りに見立てているそう。私も高校生だったらおもしろがって使うだろうなぁ・・・。

などなど、「へぇ〜」とか「ほぉ〜」となること多々です。
これは大作ですね! しかも、こんな辞書、初めてみました。

 「この夏から5カ月間、授業以外のすべての時間を捧げてつくりました。途中までは、本
 や曲から当て字・当て読み表記をザーッと取り出してデータベースを作って・・・という
 風にやりました。でも、後はもう見つけたのをどんどん流し込んでいって。キリがない作
 業でしたね。これでもかなり削ったんですよ」



今まであまり意識していませんでしたが、至る所で無数の当て字が使われているんですね。

 「当て字は昔からあって、辞書の表紙にも使っていますが、「四六四九(よろしく)」と
 いう当て字、これは滝沢馬琴が書いたんですよ。日本人は当て字が大好きなんです。秋桜
 と書いて「コスモス」と読むのも、山口百恵が歌うまでは「しゅうおう」とか「あきざく
 ら」としか読まなかった。その一曲が日本中にこの当て字を広げて、この前やっと国語辞
 典にも載りました。変化がずっと続いているのが日本語の歴史なんです」



今現在も刻々と日本語は変化しているのでしょう。講義を受け持っている女子大でおもしろい当て読みの例を見つけたそうです。さて、女子大生が「躾」という字をなんと読んだと思いますか?

 『エステ』と読んだ学生がいたんですよね。上手いですよね。確かに『身』を『美』し
 く見せると言うと、昨今では『しつけ』よりも『エステ』ですよね」



また、他にも興味をそそられるテーマを笹原さんは女子大で発見しました。

 「女子学生のカワイイっていう価値観は文字にも及んでいるんですよね。
 ひらがなはカワイイ。漢字もそこそこカワイイけどカタカナはむしろカッコイイとか。

 例えば「いちご」だと丸ゴシック体のいちご丸ゴシック.jpgが最強みたいです。
 漢字でも「苺」はカワイイけれど、「莓」はカワイクない。2画増えたばっかり
 に、ダメ出しされるんですね。「苺」が本物のイチゴに見えてきたとか言ったりし
 てね。くさかんむりがヘタでブツブツが種でってもう俗解といいますが、いわば妄想で
 すよね。
 また、カタカナは人気が無いわけだけれど、イチゴ丸ゴシック.jpgならそこそこカワイイと
 感じるとか。なんなんだろう、この位置づけは? と気になっています」



文字の書体までこだわる女子学生たちは、逆に文字にすごく向き合っているのかもしれないですね。

 「そうかもしれないね。鈍感だと全部一緒じゃないか、とスル―しますから。こういう文
 字遊びや文字で楽しむことを日本人は昔から脈々と続けていっているんですね。どうして
 かというと、漢字に情緒やニュアンスを込めようとしているんですよね。そんな日本人が
 気になって仕方がない。私が本当に知りたいのは日本人の心なんだと思います」


こうしたリアルな文字生活を知る笹原さんの目には、
「正しい漢字を覚えましょう!正しい漢字をたくさん知ってる人が頭いいです。知らない人バカです」というような羞恥心を煽ってヒットする漢字ブームは奇妙に映るそうです。

 「漢字をいっぱい知っているから偉いなどという、短絡的な話が広まっていることにも、
 日本人が思考停止になっていることが表れていると思います。漢字に振り回されるのでは
 なく、無理に暗記していなくても辞書で調べれば済むことがあるはずです。なにか切実に
 伝えたいことがあって、そのために新しい表現をつくる。日本の漢字はそういう風に自由
 に歴史をつくっていったはずで、そこにもう一度立ち返ってほしいです」



『当て字・当て読み漢字表現辞典』は漢字を自由自在に操ってなにかを表現しようとした、日本人の心性がうかがえるものでもあるのですね。

 「漢字を創り出す工夫にたけた日本人はすごいと思うんですよ。その凄さを顧みないと
 ころが日本人は残念。それが、表層的な漢字ブームから一歩先に進まない大きな原因では
 ないかな。俗字のような捨てられてしまいがちなものにこそ日本人が求めた本当の漢字の
 姿も見えるし、漢字の可能性と限界も見えるし、日本人自体も見えてくる。だから、こう
 やって残して、顧みるきっかけをつくったのですが、今の時代に受け入れられるかな。も
 し今は受け入れられなくても、50年後、100年後に21世紀の漢字の状況を知る手掛かり
 になればと願っています。今後も『当て字・当て読み漢字表現辞典』の改訂版が、私だけ
 でなく皆の手でどんどんつくられていくといいなと思います」




今回、笹原さんのお話を聞いて、意識していないと見落としてしまう、日常で使われる文字のおもしろさ、そしてその価値に気付くことができて良かったと思います。「正しい漢字」に必要以上に振り回されず、『当て字・当て読み漢字表現辞典』の改訂版に加わるような、楽しい表現をつくってみたいと思ったふく子だったのでした。
  


笹原さん2.JPG
笹原宏之 ささはら ひろゆき
1965年東京生まれ。早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業後、同大学院文学研究科を修了。文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。2007年度、『国字の位相と展開』(三省堂)で金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊はもちろん『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。


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