ところが、まだHVやEVという言葉が一般的ではなかった90年代に、自動車の環境問題に取り組み、自動車メーカーに先んじてEVを手作りし、果てはそのクルマで南極点を走破する野望を持ったZEVEXという市民団体があると知って、興味が沸いた。
さっそくタカハシは代表である、鈴木一史さんに会いに、神奈川県大和市にあるZEVE Xのピットを訪れた。まず鈴木さんが見せてくれたのが、ZEVEXが製作したジムニーベースの「人力充電電気自動車」。徹底的に軽量化された車体は、ボンネット、ドア、ガラスなどは一切取り除き、最小限の“骨組み”とタイヤにシートは一つ。従来のガソリン車とは違い、エンジンの変わりにモーターとバッテリーが積まれ、動力源は電気のみ。外付けの風車とソーラーパネルを取り付けて発電し、万が一の場合は自転車をこいで発電。まさに自然エネルギーのみで走行が可能な排ガスゼロの手作りEV(電気自動車)があった。
(※人力で発電して走行する様子はyoutubeにアップされているので、そちらを見てほしい)

人力充電電気自動車と鈴木さん
「計算上ではこれで南極点へ到達できるはずなんです」
ZEVEXとは「Zero Emission Vehicle Expedition」の略で、4WD自動車の環境問題を扱う市民団体。代表を務める鈴木さんは、中学時代にはバックパッカーで日本一周するなど根っからの冒険好き。高校時代には近所の裏山の獣道のような場所をバイクで探検して、たとえ行き止まりがあったとしてもバイクをロープで釣るし、別の道に移動させて走り続けたり、道なき道を進むことを繰り返していたという。そうした元来の放浪癖とクルマ好き、メカ好きが高じて4WDのオフロードレースにのめり込んでいく。93年にはZEVEXの母体となるオフロード競技会「IRON BAR CUP」(アイアンバールカップ)をスタート。A地点からB地点までの悪路を4WDで走破するのが目的で、ドライビング、ウインチ、体力など、ハードだけでなくソフト(ここでは人間の力)の両方を駆使することが求められる競技だ。
「僕は“力ずく”というのは好きじゃないんです。走行の邪魔だから木を切ってし
まったり自然の地形を無理矢理変えて進むということはしない。僕らがやっていたア
イアンバールカップというのは、人間の知恵とかひらめきが勝敗の半分を左右するん
です。狭い日本では自由にオフロード走行ができる場所は少ないけれど、いつか本当
のオフロードに行ったときに通用するオフローダーを育成しようというのがアンアン
バールカップの目的だった。そして、ひとつの極めた形を南極に定めていたんです」
しかし、97年にボルネオで4WDのレースに参加していたときに
「川を走っていたら、クルマから出た煤とか油のような塊が川面をデロっと流れて
いるのを見て、うわっと思った。4WDで遊び続けていくのに環境問題というのは
大きなネックになるという思いは以前からあったんですが、このレースでそれを確
信したんですね。レースは面白いけど、これは長くは続かないなと感じたんです。」

97年、ボルネオでの4WDジャングルレース

風車を使い充電中の「SJ2001」号。北海道にて

ソーラーパネルで充電中。東海道ゼロエミッションの旅
環境に負荷をかけない形で4WDを使って遊び続けるための解決方法はないものか……? そこで鈴木さんが目をつけたのがEVだった。
「EVであれば目先の排気ガスは出ない。とりあえず素人でも取り組めるのはEV
化くらいしかないなと思ったんです」
ガソリン車と比べてEVの構造自体はシンプルなもの。とはいっても誰もが簡単に作れるわけではない。ところが鈴木さんは4WD業界では知られたウインチのプロで、オフロード系の雑誌に記事を書くなど専門的な知識も持ち合わせていたという。モーターとバッテリーで動かすウインチはEVのシステムはほとんど同じなんだとか。
「モーターやバッテリーの種類、トルクの特性など、EVのことは改めて勉強しな
くても、すんなり理解できたんですね」
それが実を結び、ジムニーをベースにしたEVの製作に取り掛かり、およそ3年の月日をかけて1号機「SJ2001」号を完成させ、2000年冬には車検を取得。おそらく世界初となる、ウインチを搭載したオフロード専用の4WD電気自動車の誕生だった。

間宮海峡横断チャレンジは、前年に徒歩で調査を行なった

間宮海峡横断チャレンジ中の「ARK−1」

間宮海峡横断チャレンジに参加したメンバー
ここから南極点走破に向けた様々な試みがはじまる。
2003年には北海道の厚田村とサロベツ原野で、積雪した場所を風力発電の自然エネルギーだけで走行できるかを実験。同年秋には風力発電機とソーラーパネルを積んだ小型のトレーラーを牽引し、「東海道ゼロエミッションの旅」を敢行。予定の3分の1の距離だったものの、およそ3週間かけて京都市から伊勢市(約150km)を走破した。2004年には寒冷地対策を施した新型の2号機「ARK−1」を製作し、2005年の2月から3月にかけてロシア・サハリン州に向かい、風力発電と太陽光発電で厳冬期の間宮海峡横断にチャレンジする。ビザ日数の関係で横断することは叶わなかったものの、南極に見立てた寒冷地でのデータ収集という目的は十分に達成できたという。こうしたデータと経験の積み重ねが、風力と太陽光に加え、人力でも発電できる冒頭の3号機「ARK−2」の製作に結実したというわけだ。
それに、ZEVEXの活動は南極点走破に向けた準備だけにとどまらない。今後のクルマ社会で当面現実的な次世代モビリティをPHV(プラグインハイブリッド)と位置づけ、「SJ2001」号をPHV(プラグインハイブリッド車)にカスタムし、2007年から2009年にかけて日本列島縦断の旅を成功させる(総走行距離3411.3km、燃費は52.03km/Lを達成!)など、自動車メーカーがどこも製品化していない段階でPHVを手作りして、その可能性を行動でいち早く示してきた。まさにガテン系の市民団体。行動力と現場力が圧倒的に強いのだ。

南極点走破に向けてトレーニング

自作のPHVで日本列島を縦断
鈴木さんは取材で「ZEVEXを一言で表すとなんですか」という問いに「情熱のファンドです」と答えるという。
「一人だけの情熱では大きなことはできない。けれど、一人一人の情熱は小さく無力な
物かもしれないが、それらを集めれば大きなチャレンジができる。あたかも小さな資金
でも、様々な市場で仕手戦を挑める『ファンド』の仕組みと類似していると感じるんで
す。ただ、ファンドならば出すのは現金ですし、見返りは金額に按分して割り戻される。
ZEVEXの場合は、技術が有るメンバーは技術を、人脈を持つメンバーは人脈を、金
に余裕のあるメンバーは資金を、体力のあるメンバーは体力を、時間があるメンバーは
時間を、と千差万別。そして還元されるのが、マイナス35度の凍った海の上で死にそう
な思いができることだったりするんです」
自然エネルギーのみを使ったEVでの南極点走破。成功のためのデータはもう十分そろっているが、やり残していることといえば人力での充電を寒冷地で実証していないことぐらい。これも2011年の冬までにやり遂げる予定だという。
未開の土地なんて皆無に等しい現代において、冒険の意味は薄れてしまったかに思えたが、“前人未到”はまだ身近にあった。今でこそ関心の高い環境問題だが、HV(ハイブリッド)やEVなど耳にしたことがなかった90年代に、いち早く問題意識を持ち、学び、実験、行動してきた鈴木さん率いるチームが、次世代モビリティが注目を集める現代において、新たな冒険を生み出したのだ。“情熱のファンド”は、これ以上ない見返りと達成感を得るために、すでに手が届く場所にいる。さらに、技術革新ばかりで何事も解決しようとする世の中に一石を投じ、人間の本来の力を改めて感じさせてくれるZEVEXの活動に今後も注目していきたい。

「ARK−2」で雪道を走行する鈴木さん

プリウスPHVでも日本列島縦断を成功させる。名古屋の河村市長を訪問
★ZEVEX公式URL
以前、私どもの雑誌で連載いただいていた鈴木一史さんの記事を拝見し、トラックバックさせていただきました。
今後ともよろしくお願いいたします。