青色のレザーバッグからは、全集の1冊と思しき古びた本と、マルちゃんがのぞいている。
マルちゃんとは、マルチーズをかたどったペンケースだ。
オープンテラスと着物とマルちゃん。
奇妙な組み合わせだが、これは確実にcoolだ。
井嶋さんは、着物、歌舞伎、江戸文学などの日本文化を得意フィールドとする文筆家だ。
著作『色っぽいキモノ』では、『鬼龍院花子の生涯』のような日本映画や文学、浮世絵などをヒントに、現代にも通用する着物の色っぽい着こなしを提案している。
例えば、のどのくぼみが見えるほど深いVネック様に半襟を合わせることで、粋な大人っぽさを演出してみたり。

手にしているのは「私の中で確実に別格」という泉鏡花。
文章と世界観が素晴らしく、読むと陶酔してしまうとか。
左下の白いモフモフが井嶋さんお気に入りのペンケース、通称マルちゃん。
文章と世界観が素晴らしく、読むと陶酔してしまうとか。
左下の白いモフモフが井嶋さんお気に入りのペンケース、通称マルちゃん。
「着物は年齢とか身分とか職業によって、色んな着こなし方があるし人生があるっていう、そこが大事なことだと思うんです。
こうじゃなきゃいけないっていうひとつの見本があるんじゃなくって。
ただ、何でもアリでいいとは思わない。
何にも縛りのない自由さっていうのもつまらないと思います。
着物にしても日本舞踊にしても、ここまでは決まりでここからは自由っていう、そのジャンル独特の秩序があるんじゃないでしょうか。
美しい状態って無秩序な状態ではないと思うから」
なるほど、だから着物とマルちゃんの組み合わせはcoolなのか。
井嶋ナギさんのブログ『放蕩娘の縞々ストッキング!』は各方面で評判を呼んでいる。
ニーチェのぶっ飛び発言で笑っていたかと思うと、別の日には『雨月物語』の怖さについて語っていたり。
また別の日にはジャージ至高論を展開、古今東西の文化・サブカルを縦横無尽に語る。
この振れ幅の大きさは一体なんなのか?
「ほんとにまとまりがなくて申し訳ありません」と苦笑しつつ、井嶋さんはこう続ける。
「本音を言えば、ジャンルにそれほどこだわりはないんです。
面白そうなものは、ジャンルにこだわらず素直に面白がりたい。
ただし、一般に奨励されている見方にふりまわされず、自分の感じ方を信じて本気で素直になって見る。
すると、予想以上に面白い発見があるんです。
例えばナボコフの『ロリータ』は、素晴らしい文学作品ですよね。
だからと言ってマジメに深刻に読まなければいけないなんてことはない。
読めば読むほど、主人公の中年男が12歳のロリータに恋していちいち自己分析して怒ったり落ち込んだりしている様が、なんだかすごく滑稽なんですよ。
だから、コメディとしても面白いんじゃないかな〜って」
名作古典も笑えるところは笑い飛ばす。
ありきたりの楽しみ方とは違う、ある意味偏愛なのではないか。
「ニーチェが偉大なひとだったっていうのは当たり前のことじゃないですか。
じゃなくて、そうはいってもこの人けっこう変なこと言ってるよ、面白いよ、笑えるよっていう。
私は、何かを執拗に追求した結果のエクストリームな状態と、そこから生じる素晴らしさや美しさ、面白さや可笑しさみたいなものを常に愛でているのかもしれません」

単衣の着物に夏の絽つづれの帯。涼しげに見えるように、色数も少なめにしたそう。
ちょこっと見えている赤は札入れ。
ちょこっと見えている赤は札入れ。
井嶋さんは1973年生まれ、父親の仕事の関係で海外に住んだり、いろんな国に旅行に連れて行ってもらい、西洋文化の「いいもの」を教養として見せられて育ってきた。
しかしその反面、自分は日本人である、というアイデンティティをどう解釈していいのかわからなかった。
「じゃあ、日本はどうなの?」
その思いが無意識に募っていた高校生の頃に、古い日本映画や古典文学、浮世絵に触れるようになって井嶋さんは驚いた。
「それまで、日本文化ってダサくて真面目で古くさくて・・・っていうイメージだったけれど、知ってみると相当面白いじゃない!」
新たに日本文化の魅力を知った井嶋さんは、大学で哲学を学んだ後、国文科に転科して江戸文学を専攻する。
鶴屋南北の『東海道四谷怪談』をテーマに研究。
卒業後、文筆業を始める前には、着物の会社に就職して百貨店で着物販売をしたことも。
さらに社会人になってから日本舞踊を習い始め、現在では花柳流の名取として舞台にも立つ。
いったい井嶋さんは、日本の伝統文化のどこに魅了されたのだろうか。
「文学も浮世絵も歌舞伎も着物もお茶も、独特の道を執拗に追求して極めたもの。
日本文化こそ、エクストリームの最たるものばかりっていうことに気づきました。
だから私は、昔から変わらない日本人としての心性や感覚を持ちつつも、現代人としての心性や感覚を否定することなく保ち、その両方の目で日本文化を見て、今に生きる日本人として新しい面白さを見出したいんです」
井嶋さんの追求する「色っぽいキモノ」もまたエクストリームな状態に達していると思った。
今後、井嶋さんはキモノ界に旋風を起こし、その旋風はいろんな人たちを巻き込んでハリケーンとなるだろう。



「月影屋」の星柄の浴衣に、光沢感のあるサテンの帯を合わせて。
下駄ではなくミュールを合わせるのが、歩きやすくて好きとのこと。
下駄ではなくミュールを合わせるのが、歩きやすくて好きとのこと。
★井嶋ナギ ブログ「放蕩娘の縞々ストッキング!」