2010年11月16日

「漢字から日本人も見えるよ」 漢字研究者・笹原宏之先生が教える日本の漢字のおもしろさ

11月1日に三省堂から発行された『当て字・当て読み漢字表現辞典』
これが本気(マジ)でおもしろいです。

さて、なんと読むかわかりますか?


 (1)三々二田八酢四  (2) 凸む
 (3)歩個片      (4)糸色文寸 
 

 (1)みみにたやすし(耳に容易し)。『万葉集』より

 (2)凹むじゃないです。ふくらむです。段々、お餅が膨らんでいる
    様子に見えてくるから不思議。『女性自身』2008年2月5日より

 (3)ぽこぺん。GLAYの曲「FRIED CHICKEN&BEER」より

 (4)ぜったい(絶対)。メールやWEBで使われる。



など、『万葉集』からネットスラングまで、約900ページにわたって約2万3千語の当て字表記が掲出されています。

そして、この辞書を編纂したのが漢字研究者の笹原宏之さん。
早稲田大学の社会科学総合学術院教授で、「幽霊文字」の研究でも有名な方です。


「幽霊文字」について少し説明しますと、例えばこの文字「妛」

見慣れない漢字ですが、手書き文字入力すると出てくるはずです。読みも典拠も使用例もわからないのに、存在だけはしている・・・。

そんな漢字を「幽霊文字」と呼び、なぜ紛れ込んでしまったのかの追究がかつて行われました。

その結果、「妛」は、果物の山女(あけび)が合体してできた「やまおんな.jpg」の誤字ということが判明したのです。「幽霊文字」は他にも100字近くあったのですが、笹原さんの尽力でほぼ成仏させる(典拠などを発見する)ことができました。

また、「幽霊文字」のみならず、専門の国字(日本独自の漢字)の研究でも第一人者と言われている笹原さんですが、ご本人はとても気さくで親しみやすい人柄なのです。ふく子が今回の取材で先生の研究室に行った時にも、淹れていただいたお茶をおかわりしつつ、なんだかくつろいでしまいました。しかも、お話もユーモアたっぷりでおもしろいのです!

笹原さん1.JPG
辞書が山積の早稲田大学内にある研究室にて


そんな笹原さんが、なぜ漢字の世界に興味を持ったのかをまず伺ってみたのですが、「単純に、小学5年生の時に兄の部屋で見つけた漢和辞典がおもしろかったから」だそうです。
そして、10万円以上する、諸橋轍次さんが編纂した全13巻の『大漢和辞典』を祖父母の支援を受けて購入し、小学生ながらに贅沢な漢字の世界に浸っていたとか。神童かと思いきや、その頃は勉強も特に好きなわけでもなく、野球や鉄道の好きな少年だったそうです。

しかし、あるとき、世界最大の『大漢和辞典』にも載っていない漢字があることに気付きます。
その字が「雨冠に鶴.jpg」。

「つる」と読むそうで、同じ小学校の児童の名字に出てくる、笹原さんにとってはごく日常的な漢字でした。「どうやら漢和辞典も、ある閉じた枠の中で完成されたひとつの世界に過ぎず、その外にリアルな漢字の世界が広がっているらしい」ことに気がつきます。

この体験や、「中国の漢字というのは3000年以上前にできたんです、と言われても古すぎて、ホントかな、どうしてそうと断言できるのだろうと思うことが多く、実感のわかないことがどんどん増えていく」こともあって、中国語学もおもしろいと思いつつも日本のリアルな漢字のほうに惹かれていったそうです。

方言のように、漢字にも地域差があることに気づき、旅行に行くたびにカメラを携えて、見慣れない文字のある看板を撮ったり、表札をチェックしてみたり。新聞・雑誌・TVはもちろんのこと、歌謡曲やマンガ、学生が使う独特の表現にも触れていくうちに、ある想いをいだくようになっていきます。

 「今は情報があふれているように見えるけど、100年後には今の日本人がどんな文字生活
 をしていたかはもう分からなくなります。忘れ去られていくリアルな文字生活をなにかの
 形にできないかな、と思ったんです。」




そこで創ったのが前出の『当て字・当て読み漢字表現辞典』

 当て字辞典書影.jpg 『当て字・当て読み漢字表現辞典』三省堂


例えば、「玉子」です。日常にすっかり浸透していますが、これも実は「タマゴ(卵)」の当て字と認識されがちなもの。説明には、生まれたての「タマゴ」は「卵」で、調味料が入ったり焼かれたりして調理が進むと「玉子」へ移行する傾向があると書かれてあります。なるほど! 無意識に使い分けていましたが、そう言われればそうです。「卵」のほうが生っぽいですよね。

また、最近の例で、中高生がケータイメールやプリクラなどで大人気を「因囚気」と書くなんていうのも載っています。国構えを飾りに見立てているそう。私も高校生だったらおもしろがって使うだろうなぁ・・・。

などなど、「へぇ〜」とか「ほぉ〜」となること多々です。
これは大作ですね! しかも、こんな辞書、初めてみました。

 「この夏から5カ月間、授業以外のすべての時間を捧げてつくりました。途中までは、本
 や曲から当て字・当て読み表記をザーッと取り出してデータベースを作って・・・という
 風にやりました。でも、後はもう見つけたのをどんどん流し込んでいって。キリがない作
 業でしたね。これでもかなり削ったんですよ」



今まであまり意識していませんでしたが、至る所で無数の当て字が使われているんですね。

 「当て字は昔からあって、辞書の表紙にも使っていますが、「四六四九(よろしく)」と
 いう当て字、これは滝沢馬琴が書いたんですよ。日本人は当て字が大好きなんです。秋桜
 と書いて「コスモス」と読むのも、山口百恵が歌うまでは「しゅうおう」とか「あきざく
 ら」としか読まなかった。その一曲が日本中にこの当て字を広げて、この前やっと国語辞
 典にも載りました。変化がずっと続いているのが日本語の歴史なんです」



今現在も刻々と日本語は変化しているのでしょう。講義を受け持っている女子大でおもしろい当て読みの例を見つけたそうです。さて、女子大生が「躾」という字をなんと読んだと思いますか?

 『エステ』と読んだ学生がいたんですよね。上手いですよね。確かに『身』を『美』し
 く見せると言うと、昨今では『しつけ』よりも『エステ』ですよね」



また、他にも興味をそそられるテーマを笹原さんは女子大で発見しました。

 「女子学生のカワイイっていう価値観は文字にも及んでいるんですよね。
 ひらがなはカワイイ。漢字もそこそこカワイイけどカタカナはむしろカッコイイとか。

 例えば「いちご」だと丸ゴシック体のいちご丸ゴシック.jpgが最強みたいです。
 漢字でも「苺」はカワイイけれど、「莓」はカワイクない。2画増えたばっかり
 に、ダメ出しされるんですね。「苺」が本物のイチゴに見えてきたとか言ったりし
 てね。くさかんむりがヘタでブツブツが種でってもう俗解といいますが、いわば妄想で
 すよね。
 また、カタカナは人気が無いわけだけれど、イチゴ丸ゴシック.jpgならそこそこカワイイと
 感じるとか。なんなんだろう、この位置づけは? と気になっています」



文字の書体までこだわる女子学生たちは、逆に文字にすごく向き合っているのかもしれないですね。

 「そうかもしれないね。鈍感だと全部一緒じゃないか、とスル―しますから。こういう文
 字遊びや文字で楽しむことを日本人は昔から脈々と続けていっているんですね。どうして
 かというと、漢字に情緒やニュアンスを込めようとしているんですよね。そんな日本人が
 気になって仕方がない。私が本当に知りたいのは日本人の心なんだと思います」


こうしたリアルな文字生活を知る笹原さんの目には、
「正しい漢字を覚えましょう!正しい漢字をたくさん知ってる人が頭いいです。知らない人バカです」というような羞恥心を煽ってヒットする漢字ブームは奇妙に映るそうです。

 「漢字をいっぱい知っているから偉いなどという、短絡的な話が広まっていることにも、
 日本人が思考停止になっていることが表れていると思います。漢字に振り回されるのでは
 なく、無理に暗記していなくても辞書で調べれば済むことがあるはずです。なにか切実に
 伝えたいことがあって、そのために新しい表現をつくる。日本の漢字はそういう風に自由
 に歴史をつくっていったはずで、そこにもう一度立ち返ってほしいです」



『当て字・当て読み漢字表現辞典』は漢字を自由自在に操ってなにかを表現しようとした、日本人の心性がうかがえるものでもあるのですね。

 「漢字を創り出す工夫にたけた日本人はすごいと思うんですよ。その凄さを顧みないと
 ころが日本人は残念。それが、表層的な漢字ブームから一歩先に進まない大きな原因では
 ないかな。俗字のような捨てられてしまいがちなものにこそ日本人が求めた本当の漢字の
 姿も見えるし、漢字の可能性と限界も見えるし、日本人自体も見えてくる。だから、こう
 やって残して、顧みるきっかけをつくったのですが、今の時代に受け入れられるかな。も
 し今は受け入れられなくても、50年後、100年後に21世紀の漢字の状況を知る手掛かり
 になればと願っています。今後も『当て字・当て読み漢字表現辞典』の改訂版が、私だけ
 でなく皆の手でどんどんつくられていくといいなと思います」




今回、笹原さんのお話を聞いて、意識していないと見落としてしまう、日常で使われる文字のおもしろさ、そしてその価値に気付くことができて良かったと思います。「正しい漢字」に必要以上に振り回されず、『当て字・当て読み漢字表現辞典』の改訂版に加わるような、楽しい表現をつくってみたいと思ったふく子だったのでした。
  


笹原さん2.JPG
笹原宏之 ささはら ひろゆき
1965年東京生まれ。早稲田大学 社会科学総合学術院 教授。早稲田大学 第一文学部(中国文学専修)を卒業後、同大学院文学研究科を修了。文化女子大学 専任講師、国立国語研究所 主任研究官などを務めた。2007年度、『国字の位相と展開』(三省堂)で金田一京助博士記念賞を受賞。著書に、『日本の漢字』(岩波新書)、『訓読みのはなし 漢字文化圏の中の日本語』(光文社新書)などがある。最新刊はもちろん『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(三省堂)。


posted by 若手 at 11:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | ふく子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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